スペシャルコンテンツ第三回【360度フィードバックの戦略的活用法】「最新のHRテックをいかに取り入れるか」
本シリーズについて
人材開発・組織開発の効果性を高める鍵が、360度フィードバックの活用です。本シリーズでは、360度フィードバックを経営・組織・人事戦略の中に位置づけ、多種多様に活用する方法について論じます。筆者の長年の実務経験に基づくベストプラクティスを述べるとともに、議論を補強し、かつ客観性を保つために、米国における360度フィードバックの最新の議論をまとめた書籍(以下「米国のハンドブック」と呼びます)を座右に置き、適宜引用します。
(本シリーズは、CBASE-Uセミナー『戦略的360度フィードバック実現の条件』(2021年5月~7月に実施)の内容を新たにまとめ直したものです。)
(引用する「米国のハンドブック」)
『Handbook of Strategic 360 Feedback』 Allan H. Church, David W. Bracken, John W. Fleenor, Dale S. Rose (Oxford University Press 2019)
(次の拙著もご参照ください)
『データ主導の人材開発・組織開発マニュアル』(経営書院)
HRテックが従来の360度フィードバックに取って代わるか?
360度フィードバックの目的の一つは、周囲からのフィードバックによって本人の気づきと行動改善をもたらすことにあります。そして、 フィードバックという観点からだけ言えば、HRテックの進展により、人事が特別なフィードバックイベントを主催するまでもなく現場主導でフィードバックを促進できるツールを使えるようになりつつあります。例えば・・・
- ・手軽なフィードバックツール (自身のパフォーマンスへのフィードバックを求める、手軽なアンケートツール)
- ・レコグニションツール (賞賛に値する成果や行動に対して、周囲から賞賛や感謝のポイントを与えるツール)
- ・パルスサーベイツール (簡潔な意識調査を手軽に頻繁に行うことで、組織や個人の状況を把握するツール)
- ・360度フィードバック支援ツール (360度フィードバックのイベントを手軽に立ち上げ、集計・レポーティングまで行えるツール)
- ・目標管理支援ツール (目標設定と進捗評価を促進し、その記録を残してゆけるツール)
- ・1on1支援ツール (上司と部下の一対一面談を促進し、その記録を残してゆけるツール)
これらのツールによって、日々の仕事の成果やプロセスに対して周囲からのフィードバックを促し、それを記録し、データとして蓄積し、分析・活用することが飛躍的に容易になりつつあります。ある意味では、「従来は人事主導で行われていた360フィードバックの民主化」の道が開けつつあるとも言えるでしょう。
さらに、人から人へのフィードバックだけでなく、ビッグデータに基づく機械的なフィードバックも可能になりつつあります。これまでは難しかった「目に見えない」状況の測定・可視化とフィードバックも可能になりつつあるのです。例えば・・・
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・「誰とどのような頻度・量・内容でコミュニケーションを取っているか」というサーバー上の記録から、コミュニケーションの量や特徴をフィードバック
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・さらにその内容を自動で分析し、「コミュニケーション内容のポジティブさ」などに照らして、コミュニケーションの良し悪しをフィードバック
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・コミュニケーションデータにとどまらず、「活動の時間帯や活発度」などから、心身の状態を評価してフィードバック
リモートワークが中心になる中で、仕事のプロセスやコミュニケーションの大半はシステムに「記録」されるようになっており、そこから仕事のプロセスの自動的な分析&フィードバックにつなげる道が開けつつあるのが現在であると言えるでしょう。
経営戦略・組織戦略・人事戦略を推進する「戦略的360度フィードバック」のために、それらのツールをどのように活用すべきか、ということが今回の問いとなります。すなわち・・・
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・それら新しいツールやビッグデータは、人事部門が主催して定期的に行う「360度フィードバック」に取って代わるか? (人事主導のプログラムや制度として360度フィードバックを大々的に行わなくても、現場主導でそれらのツールやデータを使いこなすことで、同様の目的を達成できるか?)
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・逆に、「戦略的360度フィードバック」の見地から、それら新しいツールやビッグデータを、いかに効果的に活用できるか?
この議論には、人事評価をめぐる近年の議論、すなわち「ノーレイティング(人事評価をあえてしないこと)」の議論と共通するところがあります。ノーレイティングの議論自体、HRテックの進展によって様々なツールが使えるようになっていることと無関係ではないと言えるのです。
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<ノーレイティングの議論とは?>
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・一年(あるいは半年)に一度の「人事評価」は必要ないかもしれない。
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・評価をパフォーマンス向上や育成につなげるためには、もっと頻繁に、現場主導で、仕事の成果やプロセスをフィードバックする必要がある。
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・ 昇格や昇給など人事上の意思決定の判断材料を集めたいのであれば、その手段は「人事評価」である必要はなく、端的に「この人は昇格に値するか」 「この人はどれくらいの昇給に値するか」についての意見を収集すれば十分である。
ツール自体よりもその中に盛り込むコンテンツが鍵
以上述べたような「フィードバックの民主化」をもたらすツールを人事部門として活かす鍵は、「ツール自体では何も変わらない」という認識にあります。すなわち・・・
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・ツール、すなわち手段を開放するだけでは、現場には使われないし、結果として何も変わらない。ツールの活用の仕方をしっかりガイドし、効果的に使いこなせるようにしなければならない。
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・(たとえ現場が使いこなせるようになっても)現場が思い思いに使うだけでは、経営戦略や組織戦略の推進にはつながらない。かえって様々な施策が乱立し、現場の負担が重くなったり、メッセージの混乱が生じたりしかねない
鍵になるのは、ツールの中に盛り込む「コンテンツ」なのです。ツールの開放に先立って、「全社で足並みを揃えたプロセス」および「全社で一貫した評価基準」が整備されていなければなりません。それはいわば、全社で共有の「会計期間」および「会計基準」があって初めて、会計データが比較可能なものになり、会計情報として意味あるものになるのと同じです。それを人事部門は主導すべきなのです。すなわち・・・
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・全社で足並みを揃えたプロセスの整備
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組織として、マネジメントサイクルを合わて初めて、組織の足並みを揃えることができる。
HRテックの導入によってマネジメントサイクルが高速で回るようになることを期待するのであれば、これまで「年次/月次」のサイクルで回していたマネジメントを、「四半期/週次」のサイクルで回すものと決めて、そのマネジメントサイクルの回し方を、組織としてまずは確立する。
たとえば、従来の「年間予算」と「年次目標管理」に替えて、四半期ごとにチャレンジングな目標を設定して週次で目標達成確率を評価・更新する「OKR(Objectives and Key Results)」手法を組織として導入する。それと併せて、「年に一度の評価面談」に替えて、四半期ごとにデータに基づいて話合う「1on1ミーティング」を定着させる。
その際、全社一斉に導入するのではなく、ある部門でパイロット的に導入し、自社にフィットするやり方を確立した上で、全社に展開する。新しいやり方をサポートするためのツールとして新しいツールを導入し、使い方も確立した上で、全社に展開する。
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・全社で一貫した評価基準の整備
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組織として評価項目を揃えて初めて、組織のミッション、ビジョン、バリューや戦略を伝え、浸透させることができる。
評価基準が揃っていることによって、組織内の全ての部門や人が、お互いに比較しあって、自部門や自身の位置づけを把握することもできる。
HRテックの導入によって、経営戦略・組織戦略・人事戦略の浸透を図るのであれば、まずは、ミッション、ビジョン、バリューを明文化し、全社横断的な評価項目・尺度に落とし込んでおくべき。そして、それらをツールの中に組み込んだ上で、ツールを現場に開放する。
全社一斉に展開する前に、まずは一つの部門でパイロット的に展開し、メッセージの浸透や、エンゲージメント向上への効果を検証しておく。
つまり、経営戦略・組織戦略・人事戦略をツールの中に実装して初めて、ツールは「戦略的フィードバックツール」として、活き始めるのです。全社で足並みを揃えた評価サイクル、全社で一貫した評価基準に基づく評価データを充実させ、次にそれを、現場で、一人ひとりの権限に応じて、自由に取り出して使えるようにします。それによって、マネージャーにとってはメンバーの適材適所配置の検討、社員にとっては自身のキャリアの検討の品質が高まります。
そして、現場に測定とフィードバックが根付くことで、組織メンバー一人ひとりがフィードバックを当たり前のものとして活用する「フィードバックカルチャー」が醸成されるようになります。そうすると測定とフィードバックの品質もさらに高まり、情報の有用性はさらに高まります。人事部門はそのような好循環が働くようリードしなければなりません。
HRテックツールを活用するための、組織文化・プロセス面の条件
さて、「米国のハンドブック」では、先述したような様々なツールを一式備えた包括的なHRテックソリューションを主要大手企業に導入しているHRテックベンダーが、これまでの導入実績の振り返りを行っています。その振り返りによれば、全ての導入企業に対して同じツールメニューが提供されているにも関わらず、企業によってツールの活用有無、そして、どのツールを使ってどのツールを使わないかという活用のパターンは様々である、というのです。そこで、「活用したり/しなかったり」「活用できたり/できなかったり」する要因は何か、ということが振り返られています。
結論として、「組織文化・プロセス面の条件が満たされて初めてHRテックツールの活用に至る」ということが述べられています。例えば、次のようなものが挙げられています。
HRテックツールを活用できる、組織文化・プロセス面の条件
<目標や期待の合わせ方>
・トップダウンの目標設定ではなく、クロスファンクショナルな対話に基づく目標設定のプロセス
・目標を組織全体でシェアしあう文化
・期待達成水準を徐々に更新しながら精度を高めていくプロセス
<対話の文化>
・バイイン(自ら求める姿勢)の文化
・フィードバックが当たり前の文化
・ゴール・目標志向の文化
・人間関係の質
・フィードバックの与え方/受け方のトレーニング
・データ活用方法と人材意思決定プロセスの透明性
・プログラム全体の評価と改善が継続的になされること
・プログラム全体の評価と改善が継続的になされること
<意思決定の仕方>
・上司による評価に依存するのではなく、「タレントレビューセッション」が定着していること
組織文化・プロセス面の条件が整っているからHRテックの活用に至るのか、はたまたHRテックの活用が組織文化・プロセス面の整備につながるのか、「鶏と卵」の関係にあるとも言えそうですが、いずれにしても、HRテックの活用によって組織として何を実現したいのか明確にすること、すなわち、コンテンツの整備が鍵になる、ということは、確かであると言えるでしょう。それをリードするのが人事部門の役割なのです。
360度評価につきましては、下記の記事もご参照ください。
360度評価とは?多面評価を採用するメリットとデメリット
当シリーズのバックナンバーは下記からご覧ください。
第一回【360度フィードバックの戦略的活用法】「戦略的360度フィードバックとは何か」
第二回【360度フィードバックの戦略的活用法】「360度評価結果を人事評価にいかに用いるか」
次回は、「360度フィードバックの育成パワーの引き出し方」について論じます。
半蔵門オフィス 代表
南雲 道朋
東京大学法学部卒、日系大手電気通信メーカーのソフトウェア開発企画部門に勤務後、外資系コンサルティング会社にて現場再生のコンサルティングに従事。
1998年以降、マーサージャパン、HRアドバンテージ、トランストラクチャなどにおいて人事・組織に関するコンサルティングや関連するウェブソリューション開発をリード。その経験の総まとめのために、2018年に半蔵門オフィスを設立。
最新の著書に、『データ主導の人材開発・組織開発マニュアル』(経営書院)(2021/3)がある。情報処理学会会員。
「CBASE 360°」は、株式会社シーベースが提供するHRクラウドシステムです。経営を導く戦略人事を目指す人事向けのお役立ち情報をコラムでご紹介します。